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「震える血」「喘ぐ血」「囁く血」を読んだ

祥伝社文庫から出ていたエロティック・ホラー(アンソロジー)「震える血」「喘ぐ血」「囁く血」を読んだ。

ジェフ・ゲルブを編者としたアメリカのホラー・アンソロジー「Hot Blood」「Hotter Blood」「Hottest Blood」から選りすぐられた短編集である。

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「エロティック・ホラー」とあるが、エロはエロでもお上品な「エロス」ではない。エロスとバイオレンス、映画やロック音楽などのサブカルチャーに彩られ、スプラッタパンクの渦中にある鮮烈な作品ばかりだ。

収録されている作品は40ページ程度の短編がほとんどで、映像的な作品やちょっとふざけたコメディタッチのもの、肉体的なものから精神的なものなど作品ごとに大きく趣向や印象が違っていて読んでいてとても楽しいアンソロジー

内容にいく前にまずは表紙。恋月姫さん*1球体関節人形が雰囲気にとても合っていてすばらしい。

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エロティックではあってもグロテスクではない人形たちでありながら、本書のイメージにぴったりの不穏な雰囲気が感じられ、読む前から期待感が高まる。

書き始めるとキリがないので各巻から一つ二つずつ紹介したい。

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まず「震える血」は新旧様々な作家の作品が収録されている。他の巻と比較しても有名どころの作家の作品が多い印象。

収録作品は以下の通り:グレアム・マスタートン「変身」、リチャード・マシスン「わが心のジュリー」、F・ポール・ウィルスン「三角関係」、ロバート・R・マキャモン「魔羅」、リチャード・クリスチャン・マシスン「サディスト」、マイクル・ギャレット「再会」、ハーラン・エリスン「跫音」、ゲイリー・ブランナー「イーディス伯母の秘術」、ロバート・ブロック「モデル」、ジェフ・ゲルブ「おしゃぶりスージー」、レイ・ガートン「お仕置き」、デイヴィッド・J・ショウ「赤い光」。

この中からは筆頭のグレアム・マスタートン「変身」。

これはアンソロジーの最初を占めるにふさわしい大変面白い作品だった。出張先のアムステルダムで美女に出会った男が……という話。短編なのでネタバレはさけるが(特に男性には)ぜひご一読頂きたい。図書館で立ち読みでも構いません。すぐに読めます。内容の骨子たる設定自体はありそうなものではあるが、そこからまた一ひねり、二ひねりされていて結末まで飽きない。本作品ではエロスは控えめながらあからさまでもあり、なおかつそれが不可欠な表現であったことも読み終わると感じられる。「ホラー」の懐の深さを感じつつ、いろいろと考えさせられるところも多かった。余談ですが「アムステルダム」という場所選びも良いと思う。

グレアム・マスタートンの作品は他にも「喘ぐ血」で「最上のもてなし」、「囁く血」で「おもちゃ」が収録されている。これらも同じくとても良い。都会に働く成功した女性である主人公のもとに様々な珍しい贈り物を届ける男性があらわれる「最上のもてなし」。クラシックな雰囲気を含めつつもはっきりと現代をテーマにした作品でとても面白かった。「おもちゃ」は金持ちの夫のために手術によって二つめの「あそこ」を移植した女性の話。色物話と思いきや、こちらも中々考えさせられる。各巻に含まれるマスタートン作品のエログロ度合いはちょうどHot, Hotter, Hottestという感じ。

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次に「喘ぐ血」の収録作品は、リチャード・レイモン「浴槽」、レイ・ガートン「虚飾の肖像」、ナンシー・A・コリンズ「魔性の恋人」、マイクル・ニュートン「ベッドルーム・アイズ」、ゲイリー・ブランナー「女体」、ポール・デイル・アンダースン「底なし」、グレアム・マスタートン「最上のもてなし」、ドン・ダマッサ「改竄」、R・パトリック・ゲイツ「硬直」、ジョン・シャーリィ「真珠姫」、カール・エドワード・ワグナー「淫夢の女」。

仮にもエロティック・ホラー・アンソロジーを名乗るのであれば女性作家は外せないでしょうと思っていたところにナンシー・A・コリンズ「魔性の恋人」。期待通りに女性作家らしい触覚を想像させる艶めかしい「魔性の恋人」が登場し、スプラッタでありながら何だか詩的に読めてしまうところがまさに耽美の世界。

またリチャード・レイモン「浴槽」は結構とんでもない作品で、読み終わったとき誰かに話さずにはいられなかった。夫の留守中に妻が筋骨隆々の愛人と浴槽でのセックスを楽しむが、途中で愛人が死んで身動きが取れなくなってしまい……という内容でシチュエーションはスティーブン・キング「ジェラルドのゲーム」だが、まあ全然違う。ただただ楽しい。

しかし「喘ぐ血」の中では何といってもジョン・シャーリィの「真珠姫」を推したい。この作品にはいわゆるモンスターが登場するのだが、これが僕がこれまで読んだ中でもっとも「ひどい」モンスターでした。皆にも味わってもらいたい。なんだこれ(笑)ジョン・シャーリィの作品は「囁く血」にも「愛咬」が収録されていて、こちらもかなり良い。「真珠姫」同様に日常の世界から段々とホラーの展開に引き込まれていき、最終的にこちらの予期していた地点を軽く通過して、想像を超えた奴らのもとに連れて行かれる。おすすめ。

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3冊目の「囁く血」。収録作品はナンシー・ホールダー「人魚の歌が聞こえる」、ベントリー・リトル「数秘術」、デイヴィッド・J・ショウ「心の在処」、エリザベス・マッシー「疵物」、グレアム・ワトキンス「妖女の深情け」、マシュー・コステロ「闇の中」、ドン・ダマッサ「淫夢の男」、グレアム・マスタートン「おもちゃ」、ジェフ・ゲルブ「ビデオ収集家」、クリス・レイチャー「異形のカーニバル」、マイクル・ギャレット「いまから三つ数えたら」、ロン・ディー「おかまのシンデレラ」、ジョン・シャーリィ「愛咬」、グラント・モリスン「情欲空間の囚」。

中でもグラント・モリスンの「情欲空間の囚」は、オカルト探偵オーブリー・ヴァレンタインを主人公とした話で、アメコミライターでもあるモリスンならではの面白い作品。映画「コンスタンティン*2が好きな人にはささる一品。石膏で塗り固められた両目、汚れた包帯がまかれた左手。そこに入った者を男女問わず情欲の渦に飲み込んでしまう謎の部屋に挑む。最後まで格好良い。シリーズ化してほしいくらいだけれど多分映像化は無理。コミックス化もまあ無理。

「“ミステリーズ”と一戦交えることになるぞ」
(「囁く血」所収、グラント・モリスン「情欲空間の囚」P333)

以上、ここには書ききれないがどれも読みどころのある面白い作品ばかりだ。ただ「重厚な」ホラーとは言えないものが多いので、夜中に一人でこっそりと気楽に楽しむのがおすすめ。ちなみに悪趣味であったり下世話であったりはするものの、いやな気分になるものはなかった。

最後にこのアンソロジーのもう一つの楽しみは、尾之上浩司さんによる作家紹介と解説です。詳細に作家やこのアンソロジーが刊行に至った背景となるホラー事情が細かな情報とともに解説されていて面白い。

いやはや本当に良かった。

*1:http://koitsukihime.jp/

*2:この場合、DCコミックス「Hellblazer」と言った方が良いのか。

「自然断面図鑑」を読んだ

偕成社の絵・リチャード・オー、文・モイラ・バターフィールドの「自然断面図鑑」を読んだ。監修は岩井修一さん。

モイラ・バターフィールドさんは他にも学習研究社から出ていた「クロスセクション図鑑 船」と「スピード」を書いています。

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断面図鑑、クロスセクションの中で自然を題材としているのは中々めずらしいです。

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この「自然断面図鑑」は動物そのものの解剖学的な断面ではなく、生き物が生活しまた作り上げた「自然」そのものを描いています。

大型船や城、ビルが人々が多様なかたちで交わり生活する場であるのと同じように、生き物たちにとっては例えば一本の樹木がそうした生活の場なのだ。

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しかし内容もさることながら、まずはリチャード・オーさんの絵がすばらしい。表紙にもなっている断面図鑑名物の4ページ見開きページ「熱帯雨林」はこれだ。

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ドーン。

熱帯雨林の樹木を根からその先まで一気に描き、最頂部・林冠部・低木層とその高さごとに熱帯雨林に住む様々な珍しい生き物を配している。当然だが実際にこれだけの種類の生き物が一つの樹木に集まることはないのだが、色とりどりの鳥たちや猿などが一つ屋根の下に生活している様は本当に楽しい。

また中心に一本の大樹を描いたことで他の断面図鑑に見られる見開きと比べても特別に圧巻の絵になっている。

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加えて本書のもう一つの特大ページ「北極の生活」はなんと縦に開く形で4ページに描かれている。このような開き方をするのは初めて見た。こちらも絵がとても良い。

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断面図鑑では平面的に切り取られた断面部分をどう描くかが一つの見どころになるが、例えば上のように水に飛び込むアデリーペンギンと断面から顔を出して魚を追うペンギンの表現なんかは生き生きしていて楽しい。

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加えて「ビーバーの巣」や「シロアリ塚」、「ミツバチの巣」など生き物自身による自然の建築物も断面で紹介されている。

「シロアリ塚」などはまるで「エンパイア・ステート・ビルディング」のようで、これを形作る様々な工夫やシロアリの生態はとても興味深かった。ただ、他の断面図鑑と比べると読みどころは若干少な目、物足りなかったかな。

「植草甚一の英語百科店」を読んだ。

主婦と生活社から出ていた21世紀ブックス「植草甚一の英語百科店」を読んだ。

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イラストレーションは安西水丸さんと本山賢司さん、デザインは水野石文さん、本文レイアウトは平野甲賀さん、と豪華すぎるラインナップです。

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この本は「J・J」こと植草甚一さんがニューヨーク見つけたものを中心にスクラップ・ブックの中から面白そうなものを取り上げて、英語やアメリカの世界を紹介しようというものだ……が、後半はわりととってつけ。植草さんのスクラップを楽しむ一冊。

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少しではありますが植草さんのいつもの文章も楽しめます。

例えば「ディスコグラフィーを作ろう」には植草甚一さんによるディスコグラフィー(レコードの録音記録)のまとめかたが書かれていて面白い。

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内容はというと、そこはそれ植草甚一さんのスクラップなので英語であっても載っている記事は他では間違いなくみられない変なものばかりです。

最初に出てくるのが上の「ペット・ロックの飼育法(How to feed Pet Rock)」。ペット・ロックってどんな生き物?と思うわけですが「石そのもの」です。「石(Rock)」がペットとしていかに優れているかが書かれています。ペット・ロックはどこへ行っても歓迎されます。動物が嫌いな人にも、動物にアレルギーがある人にも……。

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こちらは「1930年代のマリワナ売り」。マリワナの売人が使っていたスラングだらけの英語をみせた後で、それを一般的な英語で書き下してみせたもの。

他にもニューヨークにあるいろいろな「ジョン(John)」=公衆トイレを紹介、評価したレビューとか、コーヒーテラスで見つけたJazzライブのチラシとか、1886年から1979年までのコカ・コーラの宣伝コピーを年代順に並べたものとか。

どれもこれもユニークです。

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加えて安西水丸さんのイラストが可愛らしくて楽しい。上の右ページに載っているスラングなんかはまあヒドいが絵がキュートでだまされる。「ぐっとくるおっぱい」って……。

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一方で本山賢司さんのイラスト(多分)もとても良い。上のボリス・カーロフによるフランケンシュタインの怪物はぐっときた。車でファストフードを楽しむ普段のジンジャー・ロジャースのイラストも良いね。*1

平野甲賀さんによるレイアウトも自由で、眺めているだけで楽しく、中身も興味をそそられるものでとても面白かったです……英語の勉強になるかどうかは知らないけれども。

植草甚一の英語百科店 (21世紀ブックス)

植草甚一の英語百科店 (21世紀ブックス)

  • 作者:植草甚一
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

*1:未読だが出典はJohn Milton Hagenの「Holly-Would!」でもともとのイラストはオリンピックの銅メダリストであったFeg Murrayだそうな。